ギターに必要な物って何だろう?
今回は買い物について考えてみたい
読者の皆さんはどんなタイミングで買い物をするだろうか?
私の定番はこんな感じなのだ
「えっ?必要な物がある時に買うんじゃないの?」
意外に買い物行動にはその人の性格が表れるものなのだ
大量の弦のストックがないと落ち着かない人
自分が使っているピックが生産完了になるのでは?と不安になる人
逆にまったくもって無頓着な人・・・
色々な性格の人がギターを愛し楽しんでいるのだ
因みに私は弦に関しては3パックという拘りがあるのだ
値段の差というよりはパッケージの潔さに惹かれる
バラバラ買うのも面倒臭いのだ
電池も私のギターライフには必須アイテムなのだ
『単三仕様』が私の拘りなのだ
拘りを持つことは悪くないと思う
何でもかんでもネット頼りではダメなのだ
これだけは譲れない・・
を頑なに持つことも大事だと思う
頑固とも少し違う気がする
100円ショップなど色々な電池を試した結果、この電池に辿り着いた
コスパは最強だと思う
ちなみに充電池のセットも持っているが出番がない
私の使い方には充電池は向いていないようだ
懐中電灯や目覚まし時計なども単三電池で統一しているのだ
電池有りきで製品を選ぶようになった
角形の電池はこの二台だけなのだ
使用頻度の違いもあるが・・
私の使い方ではほとんど減らないのだ
前回、交換した時期を忘れてしまうほどなのだ
私の知り合いに弦の交換日時などを日記につけている人がいる
何となく気持ちは分かるが・・・
その辺りに関して、私は意外に雑なのだ
細かい部分と雑な部分の線引きが自分でも不思議に思える
まぁ、消耗品の交換は感覚任せで良いと思う
ネットなどを参考にする人も多いようだが自分で決めれば良いと思う
一年使った弦でも違和感がないならばそれで良い気がする
逆に一週間くらいでも劣化が気になるならば交換すれば良いのだ
一流のプロともなれば、一回のステージごとに交換する人もいるようだ
お付きのスタッフがすべて行ってくれるようだ
プロの意見や使用機材は意外に参考にならない
読者の皆さんも私も素人なのだ
素人には素人なりの立ち居振る舞いがあるように思う
何でもかんでも真似すれば良いわけではないのだ
何でも真似したがる人に共通している点がある
自我が無いのだ
ギター弾きとしてのポリシーがない
一口に自我といっても簡単ではない
自分が進むべき道が明確な人は買い物でも迷わない
必要な物と不要な物が明確なのだ
自分で決める事が出来る
何でもかんでもケチればよいわけでなない
「弦交換のお金が勿体ないから長く使うわ」
という人は間違っても上手くならない
繰り返しになるが・・
必要だと思う物は買うべきだと思う
まぁ、小物類は何となく感覚が掴みやすいと思う
難しいのはギターの買い替え&買い足しのタイミングは難しい
幾らのギターを買えばよいのか?
これもギター弾きの悩みだといえる
先にも述べたように自我が明確な人は自分に必要なギターや機材が分かる
自分の腕前や経済的な部分など、すべてをバランスさせる必要があると思う
特に家族持ちの場合はよりシビアな選択が求められると思う
自分の買い物に家族が不快感を持つようではダメだと思う
「ねぇ そんなに高いギターって必要なの?」
「何年弾いてても全然上手くならないじゃない」
「勿体無いわよ そんなお金あるなら家計に回してよ」
家族の反対や反感をかってまで手に入れたギターは呪われているのだ
他人を不快にするギターでは良い演奏は出来ない
「俺は独身だからその辺は大丈夫だぜ~♪」
独身者は意外に危険なのだ
自分にストップをかける人がいない
総じて『暴走』してしまうことが多い
場合によるとそれを暴走だと認識できないことも多々ある
感情のコントロールほど難しいものはない
結局のところ、ギターも腕よりも心で弾いている部分が多い
やけ食いという言葉があるが『やけギター』はあまり聞かない
私にも悩み落ち込んでいた時期がある
そんな時にはギターを弾く気にもなれない
頑張ってギターを抱えてみるが気分が乗らない
気が付くとマイナー調のコードばかりを鳴らしているのだ
余計に落ち込んでしまうのだ
ギターは日々の生活や感情と直結しているように感じる
人生における良いイベントと同時に弾くギターはとても楽しい
「あれ? 少し上手くなったかな?」
特に練習などしていないのに上手くなっているのだ
音楽は音を楽しむもの・・
と誰かが言っていた
私も同感なのだ
自分へのご褒美として良いタイミングでギターを買うのもありだと思う
買い物はストレスの発散になるのだろうか?
私の場合には答えはNOなのだ
人生において落ち込んでいる時うあイライラしている時にギターを買ったことはない
ストレスを感じることもあるがどんな感じで発散しているのかが頭に浮かばない
少なくともギターで発散したことはない気がする
ギターを弾く時は少なからず心が躍っている
高揚している状態でギターを抱えているのだ
読者の皆さんは自分に甘いタイプだろうか?それとも厳しいタイプだろうか?
私は厳しいタイプだと思う
結果に対して常に不満を抱いているのだ
ギターも同様なのだ
小さい積み重ねとして自分を評価することもあるが総じて厳しい
自分に厳しい評価を下せるのは自分自身だけなのだ
他人に何かを言われると不満が募る
それが人間の性なのだ
他人からの酷評を真摯に受け入れることが出来る人は人間として伸び代を感じる
上達の第一歩はリセットから始まる
自分が下手だということを自分自身に認識させるのだ
私はそんな感じでギターと向き合っているのだ
言葉は悪いが自分の下手さに気づかない人はある意味で幸せだと思う
時に人間は自分に都合が良いように考えることが出来る
ある種の自己防衛の手段の一つだと思う
余談だが私は大学時代に心理学を学んだ
興味を持ってかなり深掘りしたのだ
残念ながら、それを職業にすることはなかったが日常の色々な場面で活用しているのだ
ギターとの向き合い方や練習においてもそこそこ活きている気がする
話を買い物に戻そう・・・
最近の私は非常に冷静な心理状態で買い物をしている気がする
その場の思いつきで買い物をするようなことも無くなった
それが本当に必要なのか?
欲しいという感情とは別物なのだ
欲しいが不必要な物・・・
意外に多いかもしれない
読者の皆さんは如何だろうか?
欲しい物がある時には数日考える
数日考え夢に出てくるような物はたぶん必要なのだと思う
実という意味で必要かは分からないが・・・
ギター弾きとしての心がそれを欲しているのだ
思い切って買ってしまうのも良いと思う
たかが電池駆動のアンプだが数日熟考したのだ
何故それが必要なのか?
他に代用できる物はないか?
安価な製品やもっと高性能な他社の製品も候補に検討したのだ
「試し弾きしてみないと分からないよね」
あまり意味がないと思う
このてのアンプを楽器店で弾いても感動などしない
普通に音は出るのだ
むしろ、このアンプの使い方が頭に浮かぶか?
それが大事なのだ
実際に使っている自分の姿がイメージできるか?
頭の中の自分は幸せな顔をしているか?
私はギターを買う時や選ぶ時には相当に慎重になるのだ
特に廉価のギターを買う場合にはそれなりに悩む
先に述べたようにそれが必要であるか?
その部分にかなり気を使う
色々とあって、今は三本のエレキで落ち着いているのだ
それぞれに使い方や接し方が違うのだ
今もっているギターよりも安いギターを買うことに抵抗を覚える人も多い
ステップアップは買い物の正しい姿だと思う
私の場合には少し変わっているのだ
外でガンガンに使えるギターが必須なのだ
私にとっては欠かせないギターライフなのだ
「高級なギターを外に持ち出せばいいんじゃない?」
という声もあるだろが私はそれが面倒臭いのだ
真夏も真冬も雨の日もガンガンに使いたい
流れで愛車のトランクの中に放置することも多い
スタジオなどで倒れても気にならないギターが欲しい
ギグバッグに放り込んで河川敷などでアンプをガンガンに弾いてみたくなることもある
そんな場合にストラトやドラゴンを持ち出すのは嫌なのだ
私の仲間うちでは安物好きなオッサンで通っているのだ
それで良いのだ
私のギターの値段を弄る者はいない
むしろ、褒めてもらう事の方が多い
「そんなに安いの? 良い音だね」
廉価のギターを褒めてくれるがそれを買う者はいない
それで良いのだ
中年おじさんには遊び心とアグレッシブな感情が欠如しているのだ
それで良いのだと思う
そこそこ良さげなギターを家でチョロチョロ弾く・・
「俺も大人になったなぁ そこそこのギター買えたぜ」
「持ってるだけで満足だね いい買い物をしたよなぁ」
私の知り合いにはこんなタイプの人が多い
真剣にギターに向き合う時間もないという
念願のギターを買ったところがゴールなのだ
そんな買い物があっても良いよ思う
そんなギターとの関わりがあっても良いと思う
時にギターは夢を与えてくれる
質実剛健な考えだけではつまらない
あえて無駄だと分かる買い物も悪くない
そんな無駄遣いで心が癒やされるならばそれもありだと思う
ギター弾きにも色々なタイプがいるのだ
買い物で癒やされるタイプ
ギターを弾いて癒やされるタイプ
読者の皆さんはどちらだろうか?
私は間違いなく後者なのだ
買い物はギターを楽しく弾く為のお膳立てなのだ
最近の私は音無しで楽器を買うことが多くなった
ドラゴンテレキャスも廉価のl黒テレキャスもブラックスターのアンプもイメージだけで買ったのだ
手放してしまったアッシュ材のジャズベもイメージで買った
弾かなくても何となくイメージが湧いてくる
私にとって大事なことが目先の出音ではない事に気づいた
それが必要か? 実際にそれを使っている自分を想像するのだ
使っている姿がイメージできない楽器はきっぱりと諦める
ここ数年の私の買い物スタイルなのだ
少し慎重過ぎると感じることもあるがそれで良いと思う
過去にはとにかく散財尽くしのギターライフだった
恥ずかしながら、散財時代に買った物は何も残っていない
残っているのは記憶だけなのだ
廉価な楽器との出会いは私の引き出しになっている
廉価な楽器や機材は初心者の為のもの・・
半分正解なのだ
私のようなベテランが廉価な楽器と触れるのも楽しいと思う
自分の力でどのくらい昇華させられるか?
非常に遣り甲斐を感じる作業になる
ギターブログのネタとしても楽しい
誰かの役に立っていれば幸いなのだ😉