テレキャス&ストラトの部屋Ⅱ

エレキとアコギを深掘りするブログ

一万円の廉価アコギも侮れない

fenderguitarman
”ギターは値段ではない・・”

は当ブログの合い言葉なのだ

ギター弾きの勘違いを払拭したいと思っているのだ

「安いギターってダメじゃねぇ!?」

という言葉を良く耳にする

読者の皆さんも一度くらいは耳にしたことがあると思う

何がダメなのか?

その辺りがイマイチ明確ではない気がする

音が悪いのか?

弾き心地が悪いのか?

音程が悪いのか?

この辺りは実際に買って使ってみなければ分からない

実際のところ、この価格帯のギターを酷評している層の多くは自分で買って使っていないことが多い

何十年も前の遠い記憶と曖昧なイメージだけで無責任に語っているのだ

まぁ、その言葉をどのくらいの人が受け止めているか?は知らないが・・

正直な話、廉価ギターのファンとしてはあまり良い気はしていない

廉価ギターの何が良いのか?

答えはひとつ、コスパが良いのだ

感じ方はそれぞれあると思うが私の個人的な感想であり評価なのだ

特に近年の廉価ギターの品質向上は目覚ましいものがある

廉価ギターにもランクがあるのをご存じだろうか?

言葉は悪いがオモチャレベルのギターが存在するのも事実なのだ

まぁ、値段を考慮すれば仕方がないと思う

「安くて最高のギターをくださいな!」

こんな都合が良い話は転がってはいない

ギター選びは思うよりも難しい

ギターを良く知らないならば、良く知る人に任せた方が良い

自分の好みと予算を伝えるということで良いと思う

プロである楽器店に一任するのが正解なのだ

「俺の友達じゃダメかな?」

まぁ、止めておいた方が良いと思う

結果として予算オーバー必至なのだ

仮に予算内に収めたとしてギターが不仲の原因になる

「お前が勧めたギターって最悪じゃね?」

「金損したわ どうしてくれんだよ~」

まぁ、言葉にしなくても心で思うかもしれない

ギターはそう簡単ではない

何十年、何十本もギターを経験しているにも関わらず進歩しない人も多い

練習を重ねれば誰でも上手くなれるわけではない

練習しないよりは少しはマシなのだ

楽器というものが自分に向いているか?

読者の皆さんは如何だろうか?

ひとつの目安がある

ご自分の手をご覧いただきたい

どんな指をしているだろうか?

グローブのようなようなゴツい手の人はギターに向かない

指が短い人も残念ながらギターに向かない

弾けないということはないが・・・

ギターに向いていない

性格という要素も重要なのだ

飽きっぽい性格の人もギターに向かない

結果を早く求めてしまうのだ

「何で俺って上手くなんね~の?」

トータルでどのくらい練習したのだろうか?

ギターの練習は勉強と同じ

時間と比例しない

重要なことは内容と効率なのだ

上手い人は練習のコツを知っている

私が若い頃はあまり勉強が出来ない人がギターを好んだ

消去法的なギターの入り方なのだ

「俺ってスポーツも勉強もダメ」

「顔も悪いし背も低いしさダメ男」

頼みの綱はギターなのだ

実際のところ、ギターが少し弾けるだけで女子にモテる時代があった

若い読者の皆さんも諸先輩に訊いてみていただきたい

「あぁ モテたよ 良い時代だったなぁ・・」

遠くを見つめて感慨に耽ると思う

かくいう私にもそんな夢のような時代があったのだ

ライバルが少なかったことも良かったと思う

私が何となくギターに良いイメージを抱く理由の一つなのだ

ちなみに現在は邪念や雑念など皆無なのだ

純粋にギターの弾き心地と音色に癒やされているのだ

萌えるという表現でも良いと思う

ギターは星の数ほどある

必ず、自分に合ったギターがあるのだ

自分の好みに合ったギターではない

自分の適性に合ったギターという意味なのだ

好みだけでギターを選ぶ人は上手くならない

場合によると上達の過程で嫌になってしまうことも多い

私の知り合いで手が小さい人がいる

無理してネックが太いレスポールを買ったのだ

数年を待たずしてネックを薄く削ってしまった

削って再塗装という流れになる

カスタムショップ製のレスポールなのだ

「一生使うから問題ないぜ」

実際のところ、ギターの価値は下がってしまう

まぁ、ペイジ師匠もネックを薄く削っているのだ

薄いネックだからこその名演でもあった気がする

プロと素人を比べるのはナンセンスだが・・

ギターに求めるものという意味では参考になると思う

欧米のギターは弾き手を選ぶ

ストラトなども体格が小さい人には一回り大きいと思う

体が小さい女子が抱えていると違和感をおぼえる

他に選ぶべきギターがあるような気がする

自分に合うギターを自分自身で決められれば一人前だと思う

意外に難しいものなのだ

ギター命という人もいるだろうがもっと肩の力を抜いた方が良い

ギターという楽器をもっと気楽に考えれば楽になれる

根拠もなくやたらと値段が高いギターを欲する人がいる

所謂、イメージ先行型なのだ

最近の若い世代にはそういう人はいない

時代を感じてしまう

私も年代的にはそんな時代を通過してきた

値段が高い物は良い物・・

海外の製品は良い物が多い・・

根拠はない

あくまでもイメージなのだ

振り返れば、ギターを始めた中学時代のイメージが強い

楽器店で海外製のギターに近づくだけで店員さんに睨まれた時代

乾燥防止の為に水が入ったコップが傍らに置かれていた

今思えば笑えるエピソードなのだ

素人が外国製のギターなど弾いていない時代

弾いていたのかもしれないが私に知り合いには皆無だった

そもそも情報も希薄な時代だった

時代も変わったのだ

特に楽器に関しては形状こそ何も変わっていないように感じられるがすべてが変わった

特に感じるのは工作技術の劇的な向上だと思う

特にフレットの打ち込みを含むネックの品質は劇的に向上した

廉価なギターほど、ライン生産の工程が増える

雑な手作業ならば、高度な機械での生産の方がマシだと思える

機械で作られるギターには品質にムラとムダがない

最終的な仕上げやチェックは人間が行うのだと思うが・・

まぁ、廉価のギターは良く出来ている

「安いギターのフレットって端がチクチクしてるよね」

私はそんなギターに出会ったことがない

むしろ、中間くらいの価格の某メーカーのギターにそんな個体があった

フレットの端をヤスリで丸めた記憶がある

「ロック向きのギターって弦落ちしないように尖っているんですよ」

楽器店の店員さんが苦しい言い訳をしていたことを思い出す

フレットのチクチクは目の中にまつ毛が入るような感じに近い

とても気になる

演奏に集中できるレベルではない

そもそもギター好きは性格が細かい人が多い

性格が大らかで大雑把な人はギターを趣味にしない

間違ってギターの世界に足を踏み入れても秒で退去してしまう

「俺 ギターって向いてね~わ」

私の弟がそんな性格なのだ

頑張ってCとAとDのコードは覚えたがFで挫折した

今では大型バイクとブリブリと乗り回す雑な中年オヤジになっている

私とは真逆な性格であり生き方なのだ

同じ血が流れているとは思えない

親からも良く言われるのだ

人間は環境が作るものなのだと痛感させられる

同じくギター弾きも環境が作り出すものだと思う

幸運にも良い仲間に恵まれた人はギターの楽しさを知り上手くなる

不運にも良くない仲間と遭遇すれば、無駄な知識を蓄えるだけ

「おっさんになったらよ 高いギター買えよ」

「大人買いじゃね? 安物ってダサくねぇ!?」

こんな環境から繊細な音や音楽が生まれると想像し難い

ギターとは細い糸を紡ぐような繊細な作業の積み重ねなのだ

読者のみなさんも徹底的に細かい部分に拘っていただきたい

ギターは拘るほどに楽しくなってくる

悩むほどにやる気が増してくるのだ

私はギターの値段が安いほどに燃えてくるのだ

「安いギターでもカッコいい音が出るんだよね」

何故だか私のツボはそこなのだ

そこそこ値段が良いギターから良い音が出ることは当たり前なのだ

頑張って練習した成果の半分はギターに持っていかれる

如何だろうか?

「そのギターって高いんだろ? 音がいいに決まってるよ」

ギターを良く知らない人の浅い会話なのだ

私の知り合いにもそんな人がチラホラいる

どちらかといえば、コレクターよりはプレイヤー寄りに思える

「これってカスタムショップの限定品なんだよね」

「このギターって数量限定な激レアモデルなんだよ」

私とは何かが違うと感じてしまう

私は話半分で耳を傾けているのだ

おそらく話の半分も入っていない

『このギターを格安で売ってくれないかな?』

心の中でそんなことを思っているのだ

「ギター持て余しているんじゃないですか?」

「良かったら不要なギターを引き受けましょうか?」

微妙にジャブをかましてみるのだ

このようなケースでは毎度微妙な空気になってしまう

共通点はギターを弾いて(持って)いるだけなのだ

まぁ、人生いろいろなのだ

という前置きはこの辺で・・・

今回は1万円台の廉価アコギなのだ

サウンドハウスで買ったのだ

当然ながら現物を見ないでの購入になる

レビューが参考になった

多くは期待しないのだ

それが廉価ギター購入のお約束なのだ

想像よりも良ければ儲けものという大らかな気持ちが大事



ペグは少し動きが硬いが特に問題はない

最近では馴染んできたのだ

意外にもチューニングは安定しているのだ


当初は交換も考えていただが値段との兼ね合いで止めたのだ

指板に関しては大改造を行った

インレイの除去と指板の塗り替え(白髪染め)




 
12フレットジョイントと相まってオールドな雰囲気を醸し出している

サドルは一回だけ作り替えたのだ

もっと弦高を上げたかったのだ

初心者に向けて低めに調整されている事が多い

エレキの場合には工具一発だがアコギでは作り替えになる


チープな音だがとても鳴りが良い

アコギは箱のサイズなのだ


大きな音量が欲しければ大きなボディを選ぶしかない

大きなボディは音量は大きいが弾き難い

そもそもボディの正面が自分で見えない

右腕も痛くなってくる

音色も繊細さが失われ低音成分が増してくる

そんな音が好みの人にとっては良い

私のようなブルース好きの場合には可能な限り小さくチープなギターを望む

ブルースという音楽のルーツを辿ればそこに落ち着くのだ

当時はギターの弦なども簡単には替えられなかったと思う

そもそも、弦の素材も粗悪だったと想像できる

その辺りのチープな感じを現代のギターで再現したい

高級とは無縁の世界観なのだ

目を閉じてアコギを弾いていると別の世界にトリップしてしまう

何故だかギターを始めた頃のシーンが頭に浮かんでくる

次には先人のブルースマンの思いやそれに影響を受けたジミヘンなどが浮かんでくる

会ったことはないがとても身近な存在に感じられるのだ

アコギの世界は不思議なのだ

右指でビリつく限界まで強く弾き、左指で微妙にチョーキングを加える

音程が微妙にズレる限界まで攻める

まさにブルースの醍醐味なのだ

下手な演奏ながらも自分の音に酔えるのだ

電気を介したエレキではこの感覚は味わえない

「なんかブルースばっかしだね~」

という声も聞こえてきそうなので異なる雰囲気の曲も弾いてみた

ちなみにすべてアドリブなのだ

誰のコピーというわけではない

アドリブとはそういうものなのだ

今まで聴いてきた音楽や弾いた音楽がすべて指と脳に宿っているのだ

好きな音楽やギタリストの演奏に無意識に似てしまう

それはギター弾きとして好ましいことなのだ

良い意味でのマンネリはギター弾きにとっての勲章なのだ

「何を弾いても同じに聞こえるね」

私が尊敬するレイヴォーンも永遠のマンネリなのだ

それで良いのだ

ブルースに人生を賭けた男の音は重い

何でも良いのだ

特化したプレイが出来るギター弾きになるべきだと思う

何でも屋は結局、何にもなれないで終わる

ギターを一生の趣味だと決めたならばそれなりの覚悟で取り組むべきだと思う

私はそんな気持ちでギターと向き合っているのだ