テレキャス&ストラトの部屋Ⅱ

エレキとアコギを深掘りするブログ

ギターについて思うこと

fenderguitarman

読者のみなさんは連休の最終日を如何お過ごしだろうか?


私は早朝から掃除をしていたのだ


割とマメに掃除しているつもりだが家具などを少し移動すると埃が出てくる


汚れをみつけると妙なスイッチが入ってしまう性分なのだ


とにかく何事においても徹底的に突き詰めたくなってしまう


家族には喜ばれるが少し疲れてしまうこともある


しかしながら作業終了の達成感は何事にも代えがたいと感じる


趣味のギターにも通じる部分があると思う


どんな簡易な曲でもよいのだ


最後までやり遂げるという達成感を体験すべきだと思う


その結果において他人から賞賛の声を浴びるというのも良い経験になる


とにかくギター上達には『成功体験』を実感すべき


ギターが上達しない人に共通している点がいくつかある


とにかく自分に甘い


常に逃げ道(言い訳)を用意している


眺めて磨いて満足してしまう


という三点が挙げられると思う


読者の皆さんは如何だろうか?


すべてに該当している人は残念ながらギターは上手くならない


それでも良いという人はそのまま先に進めば良いと思う


私の知り合いにも上達を諦めてコレクターとして生きている人が多々いる


多々というよりは9割超えというような印象を受ける


「俺、ギター弾けるよ」


という声を耳にする


簡易なコード5個くらい覚えて弦をガチャガチャとピックで引っ掻く行為が演奏と呼べるのか?


これに関しては何とも言いがたいものがある


趣味においては正解はいくつもあるということ


その程度で満足できる人にとっては音が出れば良いのだ


それで良いのだろうか?


読者のみなさんは何をきっかけにギターを始めたのだろうか?


想像するに


上手いプロの演奏に惹かれたから・・


が多いのではないだろうか?


私は上手い友人のプレイに影響を受けたことがギターを始めるきっかけだった


友人が女子にモテまくっている姿を傍らで指をくわえて眺めていたのだ


少しギターが鳴らせるようになると一流プロの演奏や音源に影響を受けていった


私の年代では良くある流れだと思う


当時は上手いプロ、才能があるミュージシャンが大勢いたのだ


語弊があるかもしれないがギター的な音楽のピークは80年代にあるような気がする


その後は色々な意味で衰退の一途をたどっているような気がする


あくまでも私の個人的な感覚ではあるが・・


人生を賭けてギターと向き合っていたプロの演奏や生き様に惹かれた


何十年も経過したがあの頃の思いは変わっていない


ギターに飽きることがない理由のひとつになっているのだ


昔は無理だったことが年齢を重ねるほどに可能になっている


身体を酷使するスポーツなどとは真逆の現象だといえる


指先の神経などは若い頃よりも衰えているのに上手くなっていくのだ


生活全般における集中力も衰えているのに何故だかギターには集中できる


上手い表現が見つからないがこれは本音であり現実なのだ


若い頃よりもギターが好きになっている自分に気づく


若い頃には掃いて捨てるほどに時間が有り余っていた


自由時間がたくさんあったにも関わらず言うほどギターとは関わっていなかった


集中して練習したという記憶が皆無なのだ


現在は色々な意味で多忙なのだ


公私ともに多忙な日々を送っている


とにかく時間に追われているのだ


早朝に起きて気がつくと就寝時間になっているのだ


それなりに充実感はあるがギターを弾いたという時間が見当たらない


休日もそんな感じなのだ


ギターに割り当てられる時間が少ない


それ故にギターに触れる時間が恋しいのだ


少しでも時間が空くとギターを爪弾いているのだ


そんな私の姿を家族は呆れた顔で眺めている


他人からどう思われるかは関係ない


どんなに急がしてくても疲れていても就寝前にギターに触れる日課は変わらない


弾く時間がない時にはネックなどを含めた全体チェックで眠りにつく


チューニングだけを合わせて就寝することもある


自宅に居る時にギターに触れない日はない


これは事実なのだ


義務というよりは権利でありご褒美だと思っているのだ



鉄弦ギターの合間にナイロン弦のクラシックギターも爪弾いているのだ


読者の皆さんはご存じだろうか?


共通点は弦が6本ということだけ



クラシックギターはまったくアプローチが異なる


少し弾いていれば指が馴染んでくるが久しく弾いていないと忘れてしまう


忘れた曲は楽譜と格闘しながら一から覚えていくのだ


クラシックの世界にもアドリブはあるのだろうか?


私はそこまで到達していない


先人が創った素晴らしい曲の響きをギターを通して感じてたい


とにかく有名曲を片っ端からクリアしていく戦略なのだ


自分の為でもあり他人の前で披露する際にも役立つ


禁じられた遊びのテーマとランディローズのDEEは私の十八番になっている


この二曲だけはしばらくギターに触れていなくても弾ける


相当に練習したと記憶している


とにかく暗譜で弾けるまで徹底的に練習したのだ


そういう曲は脳と指先に沁みているのだと思う


ベタな選曲だがギター弾きにとっては武器になる


誰に聴かせても何処で弾いてもそこそこの反応が得られる


他人の反応は良い刺激になる


良い反応も悪い反応も刺激になる


特に良い反応は成功体験として脳に刻まれる


もっと頑張りたくなるというアドレナリンが噴出する


最近は近隣でもちょっとした有名人になった


”車の中でギターを弾いているギターおじさん・・・”


見知らぬ人に声をかけられることも多くなった


昨今の無関心な時代に嬉しい交流なのだ


以前にもお話したが外国の若者達と簡易セッションしたこともある


ギターが弾けると友達になれるのだ


ギターの演奏が自分の言葉になる


引き出しが多ければ相手の好きそうなジャンルで攻めることもできる


私はジブリアニメからクラシックまで守備範囲が広いのだ


それだけは自慢なのだ


何でも屋的なプロギタリストは多々いるが素人ではそういうタイプは皆無だと思う


少なくとも私の知り合いには存在しない


私の知り合いは自分が好きな曲しか弾かない


好きなジャンルにしか関心を寄せない


ジャンルを絞っているにも関わらず上手くない


プチ悪口になってしまったが事実なのだ


多くの素人ギター好きにはもっとギターに集中してほしいと願う


コレクターの人には演奏の楽しさを感じて欲しいと願う


上達までの道のりは長い


地味な練習の積み重ねは苦行だといえる


弾けない自分への悶々とした気持ちとの葛藤なのだ


練習を楽しめる人はそのままコツコツと進めば良いと思う


困った人は耳だけが肥えている人


知識だけが豊富な人なのだ


実が伴っていない


自分のプレイがショボいことを自分自身が一番知っているのだ


それこそがギターに飽きてしまう最大の原因なのだ


割と利口な人はそこに気づいているのだ


「俺、上手くなんね~からなぁ」


「でもギターは好きなんだよな」


その結果としてギターや機材集めが始まるのだ


もともと日本人にはコレクター気質が宿っているのだ


集めることが大好きな人種なのだ


子供の頃に切ってやシールを集め、大人になってからはギターやエフェクターを集めるのだ


車やバイクを集められれば良いが普通の人には経済的に無理


丁度良いのがギターという趣味なのだ


廉価なギターから高価なギターまで幅広い


趣味の部屋が確保できれば何とか完結できる


集めた楽器に埋もれて至福の時間を過ごすのだ


私の知り合いにもこういうタイプが多い


集めると一口に言っても色々あるようだ


高価な楽器を揃えたがる人


中古や廉価な楽器を欲しがる人


同じ楽器好きだが両者に共通点はない


間違っても友達にはなれない


読者のみなさんはどちらだろうか?


価格以外にも新品派と中古派にも分かれることが多い


特に根拠もなく中古楽器を推す人も多い


少しばかりギターを見聞きした中高年に多くみられる


「俺のギターはヴィンテージだぜ~」


と言い張っているが・・・


ヴィンテージと中古は紙一重


本当に良い楽器は容易く流通しないという事実を知った方が良い


簡単に買えるようなギターや機材に価値はなし


以前にもお話したと思うが人間は良い楽器は手放さない


手放す時は本当の意味で最期の時


流通している楽器の多くはどうでも良い代物


確かに年代が古い楽器も散見されるが楽器としての旬は過ぎている


販売する側の楽器店は年代を武器に高額な値付けをしてくるのだ


価値が分からない人は手を出さない方が良いと思う


私の知り合いの楽器店の店員さんにも苦い経験がある


都心のマンションの一室で営業しているヴィンテージ系のショップで欲しくもないギターを買ってしまったという


「あの雰囲気で断れないよね」


「もう買うしかないかな?って」


意を決して購入したそのギターを見た(触れた)ことがある


「う~ん これっていくらで買ったの?」


私は速攻で値段が気になったのだ


「そうなんだ なんか怖い世界だね」


平素はお客さんにアドバイスをしているプロでもそんな感じなのだ


「試奏は一回にしてね」


「欲しい人はいくらでもいるから」


という詰め方をされた人もいる


そんな駆け引きを楽しめる人もいると思う


私は良い楽器を見抜く力はあるが価値を判断する知識がない


良し悪しは分かるが価値は分からない


以前に廉価な価格帯のエレキを何本か買ったことがある


欲しくて買ったというよりは経験(ブログのネタ)として買ったのだ


場合によると本体よりも付属のハードケースに価値があるギターもあった


スペックや構造に偽りがあった個体もあった


ボディを切断してみて分かったこともあった


「中身ってベニアなの?」


「張りぼてじゃないこれ」


某メーカーの某モデルなのだ


なんとなくそんな臭いはしていたが・・・


モヤモヤが解消されて良かったと思う


そんなこんなで私は新品派に落ち着いたのだ


新品のギターですら多少の不具合があるケースがある


購入してからナットを交換したり、ネック周辺の調整をしたギターもある


最近はネットでギターを買う人も増えたようだ


弾かずに購入するギターの難しさを知った方が良いと思う


良品と表示されていてもキズだらけということもあると思う


キズは多いが演奏には支障はない


トラスロッドの残りが3割など・・


初心者や無知な人には難解な表現も多々ある


ギターは難しいと思う


でも楽しい


弾ければ尚楽しいのだ

ブログ訪問者数が2,000人を超えたよ

fenderguitarman

暑い日が続くが如何お過ごしだろうか?


訪問者数が久しぶりに2,000人を超えたのでご報告したい


日々、増減はあるが概ねこんな感じなのだ



話は変わるが・・


大好きなギターの練習は捗っているだろうか?


ギターは弾けるようになると楽しいがそれまでが苦行だと思う


思い半ばで挫折した同志を数え切れないほど見送ってきた


ギターを始める(再開する)ならば可能な限り早いほうがよいと思う


年齢を重ねるほどに色々なことが億劫に感じるようになるのだ


年齢を重ねると妙なプライドが練習の邪魔をすることも多い


いずれにしても中高年になってからの習い事は難しい面も多いと思う


頭も体も柔軟なうちにギターに慣れ親しんでおくことが良いと思う


私がギターを始めたのは中学一年生の頃、教則本などない時代


教えてくれる人もいなかった


とりあえず、勢いでアコギを買ったのだ


月刊誌の付属だったコードブックでコードを覚えた


「アルペジオって何?」


というレベルでのスタートだった


懐かしく思い出す


インドアやアウトドアなど色々な趣味を嗜んできたが諸事情で断念した


何故だかギターだけは飽きないのだ


気がつけば半世紀近くギターと寄り添っているのだ


もはや体の一部という感覚なのだ


仲間とバンド組んでワイワイと騒いでいた時期もある


とにかく音量が大きければカッコイイと勘違いしていた時期でもある


なんとなくリフを真似て雰囲気を楽しんでいた


難しいリードプレイなどは都合良く省略していた


それでもギターが楽しかった


今は一人でギターを弾くことが最高に楽しい


自分の都合やレベルに合わせてギターと向き合う時間が楽しい


アコギからエレキに移行してまたアコギに戻ってきた


エレキを弾くことも多いが気がつけばアコギを抱えていることが多いように感じる


準備無しで簡単に演奏を始められることが大きな理由だと思う


一人で完結できる点もアコギのメリットだと感じる


手刀で巻き弦をミュートしながらベース音を刻みつつ余った指でコードとメロディを奏でる

ブルース奏法がある


アコギ系のブルースギタリストにはお馴染みの奏法なのだ


これが出来るようになると一気に世界が広がるのだ


クラプトンが得意とする奏法なのだ


クラプトンを入り口に先人の黒人ブルースマンを知った


大袈裟だが・・


死ぬほど練習した


「俺って何処に向かっているんだろ?」


練習の過程はいつも自問自答をしていた


ギターは不思議なものである日、突然弾けるようになるのだ


徐々に上手くなるという人も多いが私はそうは思わない


何かをきかっけに一気に上達するのだ


その前に辞めてしまう人が多いことは本当に残念だと思う


ギターを自在に弾ける人生は弾けない人よりも100倍楽しいと思う


音楽を聴く人は多いがギターが上手く弾ける人は少ない


上手く弾ければ自分自身の自信になると思う


勉強が出来なくてもスポーツが苦手でも仕事ができなくても人間関係が苦手でもよい


ギターが上手く弾けることが武器になる


それを披露する場がなくても良いのだ


能ある鷹は爪を隠す・・


何かのタイミングで披露できれば良いと思う


どんな人にも必ずそんなタイミングが訪れる


振り返れば、若い頃にギターで相当に良い思いをしてきた


飽きずにギターを続けてきた理由になっているような気がする


しかしながら、なんとなくモヤモヤしていた


ギターに対して充実感が得られないのだ


先にも述べたようにギターに対して雑に向き合っていた


完コピなどしたことはなかった


したことはないは間違い


完コピできる腕がなかったのだ


下手ほど大きな音でギターを鳴らしたがる


下手ほど音を歪ませたくなるもの


これは私の経験でもありつつも一般論でもあると思う


エレキに関しても上手くなってくると歪みが邪魔に感じられるようになってくる


歪みエフェクターのコンプレッション感が演奏の邪魔になってくる


私の理想の音や演奏スタイルはジミヘンやレイヴォーンのような感じ


好き嫌いはあると思うがニュアンス重視のスタイルであることは間違いない


特にジミヘンの歌うようなリフが堪らない


ジミヘンの真似は出来てもあのフレーズを弾きながら歌うことは出来ない


いまさらだが天才だと思う


ジミヘンが生きていた時代には情報が欠如していた


多くの人がギタリストとボーカリストが別に存在すると思っていたようだ


目の前で自在にギターを弾きながら歌い倒すジミヘンの姿を見て多くの英国人が衝撃を受けたようだ


ジミヘンの渡英時の伝説のエピソードなのだ


人気絶頂だったクラプトンに引退を決意させたという逸話も有名なのだ


辞めなくてよかったと思う


心の底からそう思う


クラプトンも若い頃はかなり歪ませていた


ジミヘンの影響で音作りや演奏スタイルも変化したと言われている


容易くジミヘンをコピーすることは出来ないが雰囲気や生き様を真似ることは可能


私自身も上手くなるほどに歪み量が減っていることに気がついた


究極、クリーン音のアコギに至ることになる


ケースを含めて総額で50万円のアコギを購入することになる


ハードケースからギターを取り出して爪弾く時に至福の時間を感じる









一人でニヤけてしまう


弦交換はまだ一回


劣化した弦の音も良い感じ


不思議なことにしばらくぶりにギターを取り出してもチューニングが狂っていない


ネックの作りが良いのだろうか?


エアコンがoffの部屋で保管しているのだ


不在の時にエアコンをonで出かけることはできない


そこはギターに踏ん張ってもらうしかない


ラッカー塗装に頑張ってもらうしかない


日中の部屋の中は何度くらいになっているのだろうか?


湿度も相当に高いと推測できる


ハードケースに入れた湿度管理剤が効いているのだろうか?


今のところは問題ない


ラッカー塗装にはそれほど敏感になることはないような気がする


ラッカー塗装のテレキャスもストラトも同じ部屋の中で無事なのだ


こちらはスタンドに立てかけて放置しているのだ


毎日、手にとってネックの反り(弦高)をチェックすることが日課になっている


スタンドに触れる部分の塗装にも異常は見られない


負荷がかかるヘッド部分には少々工夫しているが・・・


アコギと同様にその程度なのだ


塗装が溶けたとて・・


それも経験だと受け止める


その程度でショックを受けるような人には高価なギターは合わない


そういう考えで良いと思えてきた


とにかく手にとった時に最高の音で鳴ってくれれば満足なのだ

12弦アコギでリトルウイングを弾いてみた

fenderguitarman

ここ最近はブログの訪問者数が伸びている


一昨日は訪問者数が1,200人だった


本日も午後8時の時点で訪問者数が860人に到達していた


訪問者数がすべてではないと思うが読者が増えれば嬉しい


執筆の意欲も増してくる


私の知り合いにも思い半ばで挫折したブロガーがいる


ブログが続かない主な原因は二つ


ブログのネタ切れと訪問者数の伸び悩みだといえる


投稿する時間がないと言い訳する人もいるが読者が定着すれば投稿しなくても訪問してくれるようになる


投稿頻度が高ければ訪問者数が増えると勘違いしている人も多いようだ


内容が伴わなければ読者は定着しない


読者の目は厳しいのだ


仮に読者の目を惹くような派手なブログタイトルで釣ったとしても次回はないという事


繰り返しになるが・・


読者の目は厳しいのだ


読者数が気にならないと豪語する人は個人的な日記を書いていれば良い


少なくとも公の場にエントリーするにはそれなりの意識が必要だと思う


格好をつける必要はないと思う


自分がギターと向き合っている素朴な意見を綴れば良いのだと思う


私はそんな感じでこのブログと向き合っているのだ


それ故に背伸びをする必要もない


読者の気を惹く為に不要な買い物をすることもない


話題の新曲などには見向きもしない


根本にあるのは自分が楽しいという気持ち


自分が弾きたいと感じる曲を思いのままに弾けばよい


有り物の機材で満足しているならば無駄に機材を増やす必要もないと思う


欲しい物があれば買えば良いと思う


買い物に理由付けをしたがる人がいるが時には本能や感性で買っても良いと思う


自分が稼いだお金なのだ


既婚の人は一生懸命に説得すれば良いと思う


「あなたってギター下手なんだから勿体ないわよ」


と言わせてはダメなのだ


「最近、上手くなったんじゃない? もっと良いギター買ってもいいわよ」


と言わせるくらいが理想だと思う


以前にも書いたような気がするが・・


上を目指すならば良い楽器が不可欠だと思う


しかしながら、下手なうちに良い楽器は不要だと思う


「高いギター買ったのに何で俺って下手なの?」


むしろ、目の前の高価なギターが逆効果を生む可能性もあり得る


世の自称ベテランには廉価なギターのフレットが磨り減るくらいに練習してほしい


廉価なギターや機材で良い演奏を弾き出すという創意工夫


ギター弾きとして間違いなく一皮むけると思う


車で喩えるならリーズナブルな大衆車で徹底的に運転を練習するようなもの


走行距離でタイヤが磨り減るくらいに運転を練習するのだ


多くのドライバーは摩耗よりも先に経年劣化でタイヤ交換する


「ほとんど乗らないからなぁ」


「気がつくとタイヤがひび割れしてる」


ギターも同じなのだ


弾かないうちに弦が黒ずみ錆びている


期間で弦を交換している人に多いケース


「俺って一ヶ月で弦交換してるんだぜ」


潤沢に弦を交換できるという自慢だろうか?


ギターには良いが経済的に無駄が多いような気がする


弾かないギターの弦は思ったよりも使える


使用の都度に弦を緩める人がいる


私はその意見には反対なのだ


弦は固定すべきだと考えている


仮にネックが弱いギターならばチューニングを下げて保管すれば良い


張りと緩めで弦は劣化する


手の脂でも劣化する


弾き終わった弦はクロスで拭き取れば良いのだ


フィンガーイースのような潤滑スプレーを併用するのも良いと思う


私も愛用しているのだ


毎回ではないが気分で吹きかけて楽しんでいる


お勧めはフィンガーイース


色々と試したが私はこれ一択なのだ


前置きが長~くなったが・・・


日課としてジミヘンのリトルウイングを練習しているのだ


練習というよりは新しい弾き方やリックを模索しているのだ


私は歌わないギター弾き


この曲はアコギとの相性も良い


本家ジミヘンのアコギプレイの音源は残されていない


そこはイメージを膨らませるのだ


ジミヘンの大ファンであるレイヴォーンは続きのリードプレイを生み出した


2分チョイでフェードアウトしてしまう曲の先を知りたいという願望が指を動かす


そんな気持ちがあの名演を生んだのだ


イントロも独自の解釈で弾いている


マニアはジミヘンとレイヴォーンのリックを弾き分けられる


そして聴き分けられる


良い意味で変態だと思う


機材を深掘り(特注など)することがマニアックだと勘違いしている人も多い


それはコレクターとしてのマニアックさだといえる


プレイヤーは演奏でマニアックを追求するのだ


マニアックな演奏を追求するにはピッチが正しいギターが一本あれば良い


最悪、アンプが無いならば生音でもなんとかなる


変態はエレキの生音の後ろで鳴っているアンプの音を感じることが出来る


まさにジミヘンがそんなタイプの極みだったようだ


リトルウイングは名も無き小型のアンプから生まれた曲


曲の核になる部分はジミヘンの部屋で生まれたと聞いている


私はアコギでこの曲を弾く時にはジミヘンの歌をイメージして弾いているのだ


ギター故に歌を完璧にトレースする必要はないと思う


雰囲気が伝われば良いと思ってアレンジしているのだ


後半のギターソロはアコギのハイポジでボイシングしているのだ


これも完全に本家のリードプレイをコピーする必要はないと思う


エレキのロングトーンをアコギで再現するのは無理なのだ


むしろ、アコギの良さを引き出すアレンジを考えることが楽しい


自分で言うのも変だが・・


アレンジに関しては天才的だと思っているのだ


どんな曲でもソロギター風にアレンジしてしまう


「それって教則本で練習したの?」


と訊かれることも多い


私は首を横に振って笑みを浮かべてギターを弾き続けるのだ


私とギター仲間の良くある風景なのだ


根本にあるのは自分が楽しいという気持ち


他人の反応や評価はその先の話なのだ


知人たちのアドバイスにも真摯に耳を傾ける


耳が肥えたギター好き達のアドバイスは大変参考になる


「リトルウイングを12弦で弾いたら楽しそうだな」



12弦を指で弾くのだ


独特の弦間だけに指弾きは難しい


多くのプレイヤーはピックで弾くことが多い


しかしながら名手であるジミヘンは12弦を指弾きしている


そんな貴重な動画がYouTubeにもアップされている



以前は爪を伸ばしていた


今は切ってしまった


爪で弾くのは私のスタイルには合わない


私は指先の肉で弦を鳴らす


押弦する指先と同様に弾き続けていれば弦を弾く指先も硬くなってくる


実際に自覚できるほどに指先が硬くなってきた


12弦の弦間にも指が慣れてきた


最近は6弦と同じような感覚で弾けるようになってきた


指で爪弾くことが出来るようになると世界が広がる


弦の本数が倍だけに楽しさも倍なのだ


2コースの独特の響きが病みつきになる


演奏前にチューニングを済ませておくのは12弦のお約束



以前に交換した弦がまだ劣化していないのだ


劣化しているのだろうが弾いていて萌える





「次もこの弦でいいかな?」


と思わせてくれる


私にはコーティング弦は不要なのだ


一時はコーティング弦に傾倒しかけたが今はノンコーティング派に戻った


劣化したと感じたタイミングで弦交換すればよい


弦交換のサイクルが早いということはある種の勲章になる


それだけギターを弾いているという証になる


弾かないギターの弦をコーティング弦で延命させても意味がない気がしてきた


コーティング弦に慣れて過ぎてしまうと弦の劣化に鈍感になるような気がする


まぁ、考え方は人それぞれだが・・・


そんなこんなで12弦アコギが楽しくなってきた


何かの曲が弾けるというのは強みになる


そして励みにもなる


12弦アコギとの出会いに感謝しているのだ


ヤマハの設計が良いのだろうか?


6弦も然り、とにかく弾き易いギターなのだ


同社のエレキにも興味が湧いてきたが今は購入の余裕と気持ちがない


次にエレキを買い足すならば同社のギターも候補に入れたいと思っているのだ